時計の豆話
有史以来、時間を知る方法はありました。しかし、それは太陽の位置による朝・昼・夜
と言う程度のものだったでしょう。
紀元前3000年の古代エジプトや、さらに遡る古代バビロニアの時代になると、物の影の
移動により時を知るようになりました。しかし、設置場所によって調整が必要であったり、
日中しか利用できない物で現代の時計には程遠いものです。
もっと便利なものをと探求するのは、ペースの違いこそあれ、昔も今も同様です。
紀元前1500年の頃には線香や火縄が燃える速さで時間を計ったり、水の流れる量や
砂の落下する量で時を知るようになりました。これなら、太陽の出ていない間でも時を知
ることが出来るので、当時は大発明だったでしょう。
機械仕掛けの時計が登場するのは14世紀に入ってからで、ロンドンのウエストミンスター
寺院やセントポール寺院に時計塔が設置されたと言われています。
ドイツの錠前職人ペーター・ヘンラインが動力ゼンマイを発明したのが1510年で、これに
よって持ち運びのできる時計が製作されました。
まだ5Kg程もある重いものでしたが、当時としては非常に珍しく貴族たちの興味を引きました。
欧州では教会の塔時計や貴族が用いる為の宝飾産業が栄え、1540年に時計師のギルド
が設立されます。教会では神に祈りをささげる時を知らせる為に、貴族はその権勢を誇る
為に時計が必要だったのでしょう。まだまだ正確な時を刻めませんが、大きな需要に支え
られ時計製造が産業として芽吹いた時です。
大航海時代には船の位置を知るために、より正確な時を知る必要が生まれました。
天測・計時で計算する位置の経度は、1分の違いが約30kmの誤差となります。正確な航海
をするために、より正確に時を刻む時計が求められます。 そして、イギリス政府は2万ポンド
の賞金をかけて、正確な時計を作るように職人たちを競わせました。
こうして完成した時計によって、正確な航海が行えるようになったイギリスは次第に海軍力
が増大して、やがては7つの海の支配者へとなります。イギリスが大航海時代を製する為に
正確な時を刻む時計の存在は決して欠かせなかったのです。